【指導の話】人間は考える葦である。考えない人間はただの葦である。

昨日紹介した生徒を含め、半年以上の付き合いのある生徒達の様子がここ数ヶ月で良い感じに変わってきている。

大口開けて「僕わからないんです。困ってます。助けて下さい」と、餌が運ばれてくるのを待っているだけだった生徒達が、自分の頭で考えるようになってきた。

こうなると、勉強は楽しくなるし、成績は上がる。

「この問題は、どう考えた?」という質問に黙秘権を行使したり、「わかりませんでした」としか口にしなかった生徒が「この問題は、こうなっているから、こう考えたんですけど、これまでと違って上手くいきませんでした。これも試してみたんですけど、怪しくて…」と、良い質問をする。

勉強がただの作業ではなく、自分主体の行動になっている。

良い感じだ。

こういう質問が出来るようになった生徒の成績は間違いなく上がる。

 

中学校、高校の勉強は汎用性が高い。

ここで、勉強の何たるかを学んでおくと、将来何かを志すことになった時にも、それが活きてくる。

凄まじい勢いでAIが台頭している世の中だ。

20年後には、この仕事やあの仕事が無くなるという話題は尽きない。

自動化やAI化が進む世の中でも居場所があるのは、換えのきかない人間だろう。

Aさんでないと出来ない仕事があれば、Aさんには居場所がある。

一方、マニュアル通りの行動さえ出来れば良い仕事は、AさんでなくてもBさんでも良い。

 

そして、Aさんでないと出来ない仕事を生み出せるのは、考えることが出来る人間だろうと思う。

勉強は、その下準備。

学歴や大学も重要だが、ここで勉強とどう向き合うのかは人生を左右する。

だからこそ、一方的に黒板に板書するだけの授業ではなく、対話形式の指導を行っている。

「それはどうして?」「どうして、この公式を使おうと思ったの?」「これを選んだ理由を教えてね」「じゃあ、公式を自分で作ってご覧」いつものやり取りだ。

今日もたっぷりと、こういうやり取りを行った。

塾を卒業したら、成績が下がり続ける生徒にするのは嫌だから。

生徒が社会に放り出された後、ひたすら他責するだけの人にはなってほしくないから。

志望校に合格して欲しいから。

何としてでも、成績を上げたいから。

今日も明日も、やり取りは続く。

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