R8年 聖望学園進学 Hさんの話

A君のそれが、冗長になってしまったので、もう少し簡潔に振り返れたらと思う。

Hさんのことを記そうと、入塾当初のことを思い返してみたとき、「そういえばこの子、勉強に自信が無い子だったな…」と、わずか1年ちょっと前のことなのに、驚きと感嘆の混じり合った不思議な感情に包まれた。

というのも、受験直前や受験後の彼女は、自信に満ち溢れた表情で凛として勉強に取り組んでおり、勉強に自信が無かった時代があったことは、こうして意識的に振り返ろうとしない限り微塵も感じさせなかったからだ。

入塾は2年生の1月。絶対に入りたい県立高校があり、そこに向けての通塾が始まった。

本人はその志望校に入学するには、開始が遅すぎたと感じているようだった。実際、お母様からも「家でHはこんな様子で…」と、度々ご状況を教えて下さった。人前ではいつも笑顔でいるHさんなので、素のHさんの状況を教えて下さるのは、随分と助かった。

本人やお母様からの話を聞くたびに「なぜ、こうも勉強に自信がないのだろう…」と不思議で仕方がなかった。私との対話も比較的スムーズにすすむ。「こうしてご覧」と指示を出せば、素直にそれを聞き入れ行動に移す。成績が上がる子のそれだった。著しく低い点数を取っている訳でもない。

私は言葉で生徒に「自信を持って」ということがあまり好きではない。他者から「自信を持て」と言われて得る、つかの間の高揚感は、果たして自信と呼べるのだろうか。「自分を信じる」と書いて自信である。他者の言葉を拠り所にする、安い自信で受験を凌いで欲しくはない。Hさんに対してもそれは変わらない。自分の奥底から湧き出る、確固たる自信を持たせたかった。

ただ、さすがに見ていられなかったので、まだ2年生のある日、自転車に跨り帰ろうとする彼女に、「Hさんの偏差値は、北辰基準なら低くても68です。低くても、です。だから~(中略)」と伝えた。もう少しよい励まし方がありそうなものだが、そんな言葉が出てきた。

もちろん、それを聞いて「そうなんですね!自信がつきました!」なんて、心情になる生徒はいない。今、1日1日が不安で仕方がないのに、そんなことを言われても寝耳に水だろう。

偏差値や点数は水ものだし、Hさんの指導を始めて1か月も経っていなかったが、私はHさんがその領域に到達することは確信を持っていた。先のセリフは予言のようなものである。

続く

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